鵜沼校
山内祐太朗
中学生向け
高校受験は「落ちてもいい挑戦」ではないと思っている
僕は塾講師として高校受験に関わっています。
その中で、昔から少し違和感を持っている言葉があります。
「落ちたっていい。挑戦することに意味がある」
もちろん、この考え方を否定したいわけではありません。
人生全体で考えれば、失敗することも必要です。
僕自身、失敗から学んだことはたくさんあります。
でも。
高校受験に限って言えば、僕はできる限り落としたくない。
今日は、その理由を書きます。
「挑戦したんだから胸を張れ」は、大人だから言える
高校受験に落ちた子に対して、
「ここまで頑張ったんだから胸を張っていい」
「挑戦したことに意味がある」
「高校なんて人生の通過点だから」
大人はそう言えます。
実際、その言葉自体は間違っていないと思います。
30歳、40歳になって振り返れば、
「高校受験に落ちたくらいで人生は決まらない」
と分かるでしょう。
でも、受験する本人は15歳です。
昨日まで同じ教室で勉強していた友達が合格している。
SNSを開けば、
「受かった!」
「春から○○高校!」
という投稿が流れてくる。
学校へ行けば、
「どこ受かった?」
という話になる。
そんな中で自分だけが不合格だったとき、
15歳の子が、
「これは人生に必要な素晴らしい失敗だった」
とすぐに整理できるでしょうか。
僕は、かなり難しいと思っています。
大人にとっては人生の一場面でも、
中学3年生にとって、その時点では高校受験が人生最大級のイベントだからです。
不合格者が少ないからこそ、きつい
動画の中でも話しましたが、
例えば昨年度の長良高校では、不合格者が64人いました。
数字だけ見れば64人です。
しかし一方で、360人以上が合格しています。
つまり、不合格になった本人からすれば、
「みんな落ちた」
ではありません。
「周りの多くは受かった。でも自分は落ちた」
になる。
ここが高校受験の残酷なところだと思っています。
不合格という結果だけでも苦しい。
そこにさらに、
周囲との比較
が入ってくる。
だから僕は、
「落ちてもいいから挑戦しよう」
という言葉を、そんなに簡単には使いたくありません。
「挑戦させること」が教育なのか
もちろん、
「安全な高校だけ受けさせればいい」
と言っているわけではありません。
ここは誤解されたくないところです。
僕だって、生徒には挑戦してほしい。
ただし僕が考えている挑戦は、
入試当日に賭けをすることではありません。
10月の時点で届いていないなら、11月に死ぬほど勉強する。
過去問で取れないなら、取れるようになるまで分析する。
苦手科目から逃げているなら向き合わせる。
毎日の勉強量が足りないなら増やす。
僕は、
「合格するために限界まで努力すること」そのものが挑戦
だと思っています。
「今の実力では厳しいけど、とりあえず受けてみよう」
ではない。
「今のままでは厳しい。だから残り4か月で受かる人間になろう」
です。
この2つは、似ているようで全然違います。
塾側が「挑戦だから」と逃げてはいけない
これは塾をやっている自分自身への戒めでもあります。
生徒が落ちたとき、
「でも挑戦したことに意味があります」
と言えば、ある意味では簡単です。
もちろん本当にそういうケースもあります。
でも、その言葉を塾側が簡単に使ってしまうと、
指導する側の責任まで「挑戦」という綺麗な言葉で包めてしまう。
僕はそれが嫌なんです。
その高校へ行きたいと言った子がいる。
その子を預かった。
だったら、
「どうしたら受かるのか」
を最後まで考える。
点数を分析する。
過去問を分析する。
勉強内容を決める。
毎日のToDoまで落とす。
必要なら志望校について厳しい話もする。
それが塾の仕事だと思っています。
志望校を下げないことが正義でもない
逆に、
「本人が行きたいと言っているんだから絶対に受けさせるべきだ」
とも思っていません。
ここも大事です。
例えば、
合格可能性が0%。
残された期間でも現実的に点数が届きそうにない。
それでも、
「夢を応援するのが教育だから」
と受験させる。
僕はそれも違うと思っています。
夢を見ることと、現実を見ることは両立します。
本当に厳しいなら、
なぜ厳しいのかを数字で説明する。
あと何点必要なのか。
どの教科を何点上げる必要があるのか。
残り期間で可能なのか。
そこまで全部見た上で、
本人、保護者、塾で決める。
ただ怖いから志望校を下げるのでもない。
根拠なく特攻するのでもない。
「受かるために、現実を徹底的に見る」
これが僕たちの考える受験です。
僕が目指しているのは「落ちない受験」
僕は高校受験で、
失敗を経験させたいとは思っていません。
失敗なんて、その先の人生で嫌というほど経験します。
大学受験でも、
就職でも、
仕事でも、
恋愛でも、
経営でも、
人生には思い通りにならないことが山ほどあります。
だから、
わざわざ15歳の高校受験で不合格を教育材料にしなくてもいい。
それよりも、
「行きたい高校がある」
「今のままでは届かない」
「だから本気で努力する」
「そして最後に受かる」
この経験をさせたい。
努力したら必ず成功するなんて、僕は思っていません。
世の中はそんなに単純ではありません。
でも少なくとも高校受験という、
ある程度「何点取れば合格に近づくのか」が見える世界では、
できることを全部やって、
可能な限り勝たせたい。
それが僕の塾講師としての考えです。
受験で覚えてほしいのは「失敗しても大丈夫」だけじゃない
人生では、
「失敗しても大丈夫」
という感覚も大切です。
でも、それと同じくらい、
「絶対に取りたいものがあるなら、取りに行くために徹底的に準備する」
という経験も大切だと思っています。
高校受験は、
その練習ができる機会でもあります。
だから僕たちは最後まで、
「落ちても大丈夫」
ではなく、
「どうやったら受かるのか」
を考え続けます。
昨年度、
岐阜高校・岐阜北高校・加納高校・岐山高校の4校では、
僕たちの生徒は合格率100%でした。
もちろん今年も同じ結果になる保証なんてありません。
だからこそ、また一人ひとりを見ます。
点数を見ます。
勉強量を見ます。
残り日数を見ます。
そして受験当日まで、
できることを全部やります。
挑戦したことを褒めるのは、結果が出てからでもできる。
その前に僕たち塾講師がやるべきことは、
その挑戦を、
「合格」に変えるために最後まで考えること。
僕はそう思っています。